こだわり女子の悲劇

日常生活に潜む、『こだわり』について考えてみた。きっかけは、友人A子の一言である。

『私、自分のこだわりの強さに、疲れてきたわ・・・』彼女は自他共に認める、こだわりの強い女。男性への要求もすこぶる高く、譲れない部分が多い。

恋愛以外でも、かなりの凝り性である。歯の治療をするにも、腕のいい歯科医をとことん探すまでは決して動かない。必死で調べたにもかかわらず、ハズレたと嘆いていた・・・。ならばと、私の通っているところを彼女に勧めた。職場の近所で腕も抜群にいい、大当たりなのである。

先生がイケメンという、適当な口コミで通い始めたのがキッカケ。あれこれ考えずに流されたほうが、引き当てることもある。適当支持派ではあるが、人生を振り返ると、もう少しこだわってもよかったこともある。

①部屋を借りたこと

契約の前に内覧をするものだが、間取り図だけ見てポンと決めた。担当の人も、あまりにも楽な客でビックリ。結果、快適に七年間住み続けた。習性は変わらないのか、結婚後にマンションを買ったときも似たような流れでポンと決まった・・・。

②結婚式の会場&ドレス

当日まで、一度も会場に足を運ぶことがなかった。近くのホテルなのでいつでも行けたのだが、写真でチラっと確認しただけ。世のカップルがブライダルフェアに行きまくるのを見て、もう少し楽しんでもよかったとは思う。

ウェディングドレスの試着も、一発で終わった。100以上の試着をこなした友人もいるので、少なすぎた。もっと着るのも記念によかったかもな。

部屋も、結婚式も、こだわるとキリがない。他を知らないというのは、こんなにも決断が楽。だったら、婚活もこだわらないと楽に決まるのか?・・・答えはNO。

家や式場は、こちらから一方的に選べる。予約がいっぱいでない限り、必ず手に入る。恋愛、結婚は相手からも選ばれないといけない・・・!両者ともこだわっていたら、平行線のまま。どちらかが歩み寄らねば、永遠に交わることがない。

『この顔は違う!』『この年収ではダメだ!』『この身長では無理!』果たして今こだわっているものは、本当に必要なのか?芸術家クラスのこだわりになっていないか。大事なことほど野生の勘で決めるのも、時にはアリ。

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